プラネタリーヘルス
私たちの健康は、医療や生活習慣だけで決まるものではありません。きれいな空気、安全な水、安定した気候、豊かな自然。そうした地球の土台があってはじめて、人は健康に暮らすことができます。
このコラムでは、YouTube動画の続編で取り上げた「プラネタリーヘルス」の考え方を、できるだけわかりやすくご紹介します。そして、子どもや孫たちが、この地球に住み続けられるために、私たち一人ひとりが今、何を知り、何を選んでいけるのかを考えていきます。
この100年で、地球は急に熱くなった
地球の歴史は、何十億年もあります。その長い時間の中で、気温はゆっくりと変化してきました。しかし、産業革命のあとから、特にここ100年ほどで、世界の平均気温は急なカーブを描いて上昇しています。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、産業革命前と比べてすでに約1.1℃上昇しているとされ、2024年には+1.55℃に達したとされています。これは、過去2000年以上を見ても非常に高い気温です。
日本も例外ではありません。気象庁のデータでは、日本の平均気温は100年あたりおよそ1.4℃上昇しています。とくに2023年、2024年、2025年は、統計開始以来もっとも暑い夏が続いています。「最近の夏は昔とちがう」という体感は、データの上でもはっきり裏付けられているのです。
地球を荒らしてしまっているのは、私たち
なぜ、ここまで急に地球環境が変わってしまったのでしょうか。それは、人類の活動が、ここ数十年で一気に大きくなったからです。
人口、エネルギー消費、都市化、消費活動、輸送。すべてが急速に増えてきました。そして、それと同じように、CO₂やメタンなどの温室効果ガス、海面上昇、海洋酸性化など、地球への負担も増えています。
つまり、地球を大きく揺さぶっているのは、過去の誰かだけではありません。今を生きている私たちの暮らしも、地球の変化とつながっています。これは誰かを責めるための話ではありません。でも、まず現実を知ることから、すべては始まります。
これからの気温は、世界の選択次第
これから地球の気温がどこまで上がるのかは、人類がどれだけCO₂を減らせるかによって大きく変わります。
排出を早く減らすことができれば、2100年の気温上昇を+1.5〜2℃におさえられる可能性があります。一方で、対策が遅れ、排出が増え続ければ、2100年には+4〜5℃近く上昇する可能性も指摘されています。
1℃や2℃の違いは、小さく聞こえるかもしれません。しかし、暑さ、災害、食料、水、感染症、そして健康への影響は、まったく違うレベルになります。
国の取り組みが、いちばん大きな鍵
ここで大切なのは、温室効果ガスを本当に大きく減らすには、個人の努力だけでは限界があるということです。
発電、産業、交通、都市づくり、農業、医療など、社会の仕組みそのものを変えていく必要があります。だからこそ、国の政策、国際的な合意、企業や自治体の取り組みが、何よりも大切になります。
国がどれだけ真剣に脱炭素に取り組むかで、未来の地球の姿は大きく変わります。私たち一人ひとりの行動も大切ですが、それと同時に、社会全体の仕組みを変えていく視点が必要です。
プラネタリーヘルスとは
ここで出てくるのが、プラネタリーヘルスという考え方です。
プラネタリーヘルスは、ひと言でいえば、「地球の健康と、人の健康はつながっている」という考え方です。
私たちは、病院や薬だけで健康を守っているのではありません。きれいな空気、安全な水、安定した気候、豊かな自然。そうした地球の土台があってはじめて、人は健康に暮らすことができます。
この考え方は、2014年に医学雑誌『The Lancet』とロックフェラー財団が立ち上げた委員会で示されました。その定義をかみくだいて言うと、次のようになります。
人間の社会のしくみと、地球の自然のしくみの両方に賢く配慮することで、世界中の人が、より高い水準の健康、暮らしやすさ、公正を実現していく。
つまり、医療と環境を別々に考えるのではなく、人間社会と地球の自然を同時に大切にしようという考え方です。「医療だけでは健康はつくれない。地球を守ることそのものが、健康対策になる」というメッセージが、ここに込められています。
地球には「9つの境界線」がある
地球が安定して人間を支えられる範囲には、限りがあります。これをプラネタリー・バウンダリー、日本語では地球の限界と呼びます。
ストックホルム・レジリエンス・センターという研究機関は、超えてはいけない9つの境界を示しています。
- 気候変動
- 生物多様性
- 土地利用の変化
- 淡水の変化
- 生物地球化学的循環(窒素・リン)
- 海洋酸性化
- 成層圏オゾン
- 大気エアロゾル
- 新規化学物質(プラスチック、農薬など)
最新の評価では、この9つのうち、すでにいくつもが「危険ゾーン」に入っているとされています。地球はもう、青信号ではなく、いくつもの赤信号や黄色信号が点滅している状態に近いのです。
個人にできることは限られている。でも、知ることが大事
正直に言えば、気候変動の規模に対して、個人にできることは限られています。車を自転車に変えたり、肉を少し減らしたり、省エネを意識したり。それぞれは大切ですが、一人の力だけで地球全体の温度を下げることはできません。
それでも、私たちにできる本当に大事なことがあります。
- まず知ること
- 家族や友人と話すこと
- 暮らしの中でできることをひとつ選ぶこと
- 社会や政治に声を上げること
この一つひとつの積み重ねが、社会の選択を変えていきます。
今日からできる行動
無理のない範囲で、できることから始めてみましょう。
- 移動:近い距離は、車ではなく自転車や徒歩へ
- 食事:肉を少し減らす。とくに牛肉を見直してみる
- 電気:省エネを習慣にする
- 情報:気候変動や健康の話題に、ふだんから関心を持つ
特に「肉を少し減らす」という選択は、健康と環境の両方につながっています。後半の動画で紹介している甲田光雄先生の「肉食半減」の話も、ぜひあわせてご覧ください。
みんなが「プラネタリーヘルス」を知るべき
プラネタリーヘルスは、医療者や研究者だけのものにしてはいけない言葉です。気候変動も、暑さの被害も、結局は一人ひとりの暮らしの中で起きています。
だからこそ、家庭、学校、職場、地域、医療、政治の場で、「地球の健康と、人の健康はつながっている」ということを、当たり前のように話せるようになっていく必要があります。
子どもや孫たちが、この地球に住み続けられるように
これからの地球で長く暮らすのは、私たちより、子どもや孫たちの世代です。彼らが安全に呼吸して、安心して食べて、健康に育っていける地球を残せるかどうか。それを決めるのは、今を生きる私たちの選択です。
完璧を目指す必要はありません。ただ、「子どもたちに、住み続けられる地球を引き継ぐ」という視点を、暮らしの中に持つこと。それが、これからの社会には欠かせない視点だと思います。
まずは、知ることから
地球はもう、人間が好きなだけ使える場所ではありません。私たちの世代が、地球を大きく揺さぶってきた面もあります。
だからこそ、悲観するためではなく、これからのために、まず知ることから始めましょう。
- プラネタリーヘルスという考え方を知ること
- 気候変動が、自分や家族の健康、子どもたちの未来につながっていると気づくこと
- 知ったことを、周りの人に伝えていくこと
- 地球を守るという意識を、一人でも多くの人が持つこと
その積み重ねが、未来の地球と、未来の子どもたちを守ります。
動画はこちら
前回:2100年8月の天気予報――この地球で、私たちは生きられるのか
〔ここに今回の動画のYouTube URLを貼ってください〕
参考:甲田光雄先生「肉食半減」
- IPCC 第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書 政策決定者向け要約
- 気象庁「日本の年平均気温偏差の経年変化(1898〜2024年)」
- 2014年プラネタリーヘルス委員会(ロックフェラー財団・The Lancet)
- Stockholm Resilience Centre「Planetary boundaries」
- 環境省「2100年 未来の天気予報」
- 橋爪真弘先生講義「気候変動と健康:プラネタリーヘルスの観点から考える母子保健」
- ゆいクリニック コラム「肉食半減で世界を救う~甲田光雄先生」


